世界的に自粛が続く中、にわかにDVや虐待が問題視され始めて
います。日本ではそこまで重大になっていませんが、医療従事者
への差別や、県外からの来訪者への攻撃、パチンコ店に行く人の
つるし上げ、など方向性は同じのような気がします。背景には
漠然とした不安やイライラが潜むのではないでしょうか。
さて、今回取り上げる漢方薬はそんな精神的緊張状態に対する
ものです。
・抑肝散(ヨクカンサン 54番)
構成:柴胡2g+釣藤鈎3g
+当帰3g+川芎3g+茯苓4g+蒼朮4g+甘草1.5g
変なところで改行してますが、下段の生薬はこれまで何度も出て
きた生薬ですね。これらに緊張緩和の効能はありません。上段、
柴胡(サイコ)+釣藤鈎(チョウトウコウ)の組合せにその効能があり、
本処方のコアとなっています。
緊張緩和作用があるので、54番が活躍するのはストレス関連
症状であることは確かです。イライラして眠れないとか、炎症が
ないのに痛みやかゆみが続くとか、音や光にひどく過敏になる
とか…。ストレス関連症状は増えていますから、54番を処方
する機会も増えていますが、認知症や発達障害に使用される場合
があるようです。ダメではないですが、これらそのものを治すわけ
ではなく、キレて暴力をふるうとか、思い通りにいかなくて癇癪
を起こすとか、あくまで緊張が強い症状にのみ効果があると認識
すべきです。
もちろん下段の生薬に適合するかも重要です。下段の生薬はよく
見ると当帰芍薬散(23番)とそっくりですね。ということは
過敏緊張状態に伴って血流や水分代謝が悪い時ほどよく効く、
と言えます。また23番との合方はほとんどの生薬が重複する
ので相性が良い、とも言えますね。
54番には派生処方があります。
・抑肝散加陳皮半夏(ヨクカンサンカチンピハンゲ 83番)
構成:抑肝散+陳皮3g+半夏5g
派生いうか、陳皮(チンピ)と半夏(ハンゲ)を追加しただけです。
陳皮も半夏も吐き気や腹満などの消化器症状を改善する生薬
なので、ストレスで食欲が落ちるとか、気持ちが悪くなる場合
にはこちらが選択されます。54番は加害者になり得る人に、
83番は被害者になってしまった人に、なんて使い分けを
教わったことがありますが、まあそれは参考程度に。(^ ^;)
また、54番は実証向けで83番は虚証向けなんて解説もあり
ますが、これはやめた方がいいです。実とは「過剰」なことで
虚は「不足」を示しているだけで、“何が” 過剰なのか不足なのか
は分かりません。「実、虚」だけでは目的語が無いので処方
選択の手掛かりとはなりません。
日本漢方では実証=体格がよい、虚証=痩せている、と判断する
傾向があるので注意が必要です。そう、25番と23番の使い
分けでも紹介した落とし穴にはまる可能性があるわけです。
まあ54番と83番はほとんど変わらないので誤用しても大した
問題は起きませんが。
54番は使いやすく応用範囲も広いですが、それは“気” の緊張と
“血” の不足、“水” のアンバランスを1剤で補正できるからで、
ストレスの万能薬、というわけではない点に留意しましょう。